いなたくんへ
少し遡るけど、CES2016でボッシュからコンセプトカーが発表された。特徴はそのコンソールで、全面がタッチスクリーンディスプレイになっており、力覚フィードバックもあるという。自動車の計器のディスプレイ化はすでに進んでいるが、全面をタッチディスプレイにするというのは大胆だ。
このブログでは定点観測として、3ヶ月ごとにテクノロジー関連のニュースをまとめている。私の観測範囲に留まるものの、技術の進歩はまさに日進月歩で刺激的。
このまとめを作る過程で、未来に対するビジョンを見つけることがある。具体的なした技術的成果ではなくとも、コンセプトカーのように、テクノロジーの方向性の視覚的な提案は目にしておもしろいし、実際にその分野に影響を与えることもあるだろう。
ということで未来のビジョンやコンセプトについて、いくつか見かけたものをまとめてみた。今回は自動運転、AR/VR、人工知能の分野から。
Summary Note
完全自動運転車が普及した場合に、街の景色はどう変わるのか。イギリスの建築事務所FarrellsとWSP|Parsons Brinckerhoffが、その研究報告で未来の姿を可視化している。
- MAKING BETTER PLACES: Autonomous vehicles and future opportunities(PDF)(WPS|Parsons Brinckerhoff in association with Farrells,2016)
- こ、これは説得力ありすぎるっ。自動運転車で街がどう変わるか描いた風景が必見(GIZMODE,2016/5/10)
例えば次の図は、報告で描かれる未来の1枚だ。左上の2枚で、現在の道路と、そのうち自動運転社会においては不要な部分が赤色で示されている。赤色部分を有効活用したのが全体写真だ。この例では駐輪場が設けられ、歩行者用のスペースが拡大している。
MAKING BETTER PLACESより
本報告の基本にあるのは、現在の社会では車のために多くの無駄な空間が遣われているという指摘だ。人が動かす場合にはどうしても「アソビ」が必要になる。しかし機械による運転ならば、最低限の空間でも運用できる。
報告ではこのほかにも次の予想を挙げていた。全て上記と同様にBefore Afterの図付きなので、眺めるだけでも未来が感じられて楽しい。
- 住宅の駐車スペースがなくなる
- 幹線道路が大幅に縮小され、最低限の流路となる
- 街の中心からも大規模駐車場がなくなる
ちなみに写真付きで挙げた例では、歩行者と自動運転車とが共存しているように見える点にも注目だ。車が自動で人を避けられれば、道路と歩道とを分ける必要もなくなるのかもしれない。
報告では、今後の5年で自動運転技術の認知が進み、15~25年で新たな交通社会が生まれると予想している。
アフリカからユーラシア大陸、アラスカを経て南アメリカまで、この長大な経路をすべて自動運転車で走行できるか。ホンダはこの問いに対して、7つのユニークな自動運転車で応えている。
- Honda. Great Journey.com
- Honda. Great Journey(Youtube)(本田技研工業株式会社,2016/4/25)
- ホンダが描く、かわいい「自律走行車の未来」(WIRED.jp,2016/4/26)
7つのコンセプトカーは以下の通り。
- 1.Safari Drifter(気球搭載型サバンナ走行車)
- 2.Desert Train(砂漠用隊列走行車)
- 3.Mountain Climber(山岳用多脚歩行車)
- 4.Island Hopper(パドルタイヤ式水陸両用車)
- 5.Tundra Sled(ツンドラ地帯用ソリ車)
- 6.Road Tripper(山岳用三輪式高速走行車)
- 7.Jungle Jumper(ジャングル用の昇降式住居搭載車)
いずれもジオラマとミニチュアで視覚化されていてサンダーバード感も満載。じっくりメカを見たい人は、上に挙げた3つのリンクのうち最初のリンク(Honda. Great Journey.com)から画像集を見ることができる。
Honda. Great Journeyで思い出したのは、1931年にレバノンから中央アジアを走破し、北京まで辿りついたシエトロンの「黄色い巡洋艦隊」だ。このプロジェクトでは反装軌車が用いられ、参加したルイ・ヴィトンは車載用のカバンや装具を発達させた。
でっかい冒険はロマンに溢れるだけでなく、未知の課題を浮き彫りにして、テクノロジーを発達させる。ホンダの7つのコンセプトカーは、未来の極地用自動運転車の先駆けになるかもしれない。
また、実際に社会への影響を考えたとき、新たな物流手段としての利用にも期待が高まる。トラックの隊列走行が鉄道網を代替するかも、という予想はテクノロジー系ニュースのまとめ(2016/4-6)でも述べた。さらにホンダが提示したコンセプトカーなら、砂漠や氷雪地帯、山岳地帯など、鉄道を敷設・維持することが困難な地域にも物流網を伸ばすことができる。経路も状況に合わせて柔軟に変更可能だ。これは都市の関係を変えていくかもしれない。
無人運転は地上だけでなく、船舶の無人化も検討が進められている。そのコントロールセンターを想像した動画がロールスロイスから発表された。
- Rolls-Royce future shore control centre(Youtube)(Rolls-Royce,2016/3/23)
- まるでSF映画、無人船舶の航行管理をリモートで行う未来を描いたロールスロイスのムービー「Rolls-Royce future shore control centre」(Gigazine,2016/3/23)
このビジョンのポイントは無人船舶ではなく、貨物の運搬手段が無人化した場合にどう対処するかの危機管理の在り方だろう。動画では、遠隔地を航行する船舶の通信手段が故障するという無人船では最悪気味の事態を提示、対応方法としてドローンを用いた診断が提案されている。他にもやり方はあるのだろうけど、映像化されると一気にイメージがわくのでありがたい。
また、メンバーの引継ぎや打ち合わせの様子など、未来の働き方も描かれていた。ただこういう動画全般に思うんだけど、デスクはもっと汚した方が現実味がでておもしろいのでは(希望)。
最後はAR(拡張現実)技術が普及した未来を描く必見動画。ロンドンのアーティストKeiichi Matsuda氏によるビジョン。これはやばいです。
動画はバス乗車中の視界からはじまり、街歩きやスーパーでの買い物が描かれる。AR技術を使うことで、生活中の視界に色々と情報を視界に重畳できるよね、という方向性自体は広く知られている。実際にこの動画に用いられるインターフェイス技術は実用化が目前だ。
- 現実世界の空中にCGを映しだしてジェスチャー操作できる眼鏡型ARデバイス「Air Grass」視野角50°(Seamless,2016/1/10)
- Microsoft「HoloLens」のUIと思われるアプリ「Actiongram」のチュートリアル映像が公開(Seamless,2016/2/23)
その上で「Hyper-Reality」がすごいのは、アイディアの具体性の高さ、密度の濃さ、「これでもか!」と言うほどの大胆な映像化にある。
バスや路上における進行方向表示や車道との識別表示、買い物中における視界の在り方、AIエージェント、セキュリティ、そして日常におけるゲーミフィケーションまで、未来におけるインターフェイスの表現系や生活像への示唆が盛りだくさん。一度こんな動画を見せられちゃうと引きずられて、未来のインターフェイスを考えようにも違うものを思いつけなくなってしまう。これは危険な動画。
最後はカタめに、NEDOが「次世代人工知能技術社会実装ビジョン」を発表したのでご紹介。ものづくり、モビリティ、医療・健康・介護、流通・小売り・物流のそれぞれの分野について、人工知能技術の出口像をまとめている。
時間軸は2020年まで、2020-2030年、2030年以降の3つに分けられている。「2030年以降」はそれぞれの要素技術の最終的なゴールというか、「あるべき姿」を示したものと思われる。具体的な予想では「2020-2030年」に何が確立するかをチェックするのがよさそうだ。いくつか気になるものを並べてみる。
まず人工知能技術そのものについて、2030年までの予想は次の通り。
- 文脈や背景知識を考慮した認識、スモールデータ学習による認識が実現し、深い背景知識を必要とするタスクの遂行が人間レベルになる
- 安全なマニピュレーション技術、ロコモーション技術が確立する
- 原始的シンボルグラウディング技術が確立し、情報検索や含意関係認識、機械翻訳が人間レベルになる
- 脳の情報処理原理が部分的に解明され、認知発達モデルが部分的に構築される
これをベースとして、2030年までに、各出口分野では次のような変化が起こるとされる。
- ものづくりでは、製造設備が自ら作業計画を立案し、稼働率が1割以上向上する
- モビリティでは、郊外の幹線道路での完全自動運転が実現し、走りながら30秒先の状況をシミュレートして自動車事故を減少させる(事故死者数は1000人以下に)
- 医療・健康・介護では、未病対策が高度化し、脳マシンインターフェイス技術により不自由な手足を動かすことができ、介護支援ロボットやコミュニケーションロボットが開発される
- 流通・小売・物流では、ロボット・ドローンによる商品移動や袋詰め作業等が実現し、自動運転車の隊列走行により地上大量輸送が可能になる
映像と違って文章だとちょっと後回しにしがちだけど、いざ読んでみると結構刺激的な予想が書かれていておもしろい。一度は目を通しておくと、2030年の「レベル感」が頭に入ってよいかも。
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以上、最近目にした5つのビジョン・コンセプトを紹介した。こうした未来像の提示は想像力が刺激されるとともに、未来のイメージが固まるのでありがたい。
なお、未来予測に関する資料やリンクはこちらのページでまとめており、これまでに見かけた未来のビジョンも蓄積している。
テクノロジー関連ニュースのまとめはこちらから。
ビジョン・コンセプトの次回まとめはこちらから。
1.BMD・トヨタ・イーロン・マスクが描く「移動」の未来/2.モビリティ技術は「生活」も変える/3.2030年に生まれる6つの職業/4.ヒトとヒューマノイドが共存する未来