イノベーション型国家を目指し知財権保護を進める中国と、その影響

中国の李克強首相が、知的財産権保護の重視を唱えています。イタリアでのアジア欧州会議首脳会議の期間中、ミラノ大学での発言です。

中国の李克強首相は16日、知的財産権の保護は、将来の技術革新に不可欠との考えを示した。
同首相は「知的財産権を保護する必要がある」と述べ「それにより、科学や技術にとって未来が豊かになると確信している」と語った。

ロイター(2014/10/16)

模倣大国と揶揄されがちな中国ですが、科学技術力の発達に伴い、知財制度を主導する立場に変わっていく、というのが私の予想です。これについて前回述べました。

中国が知財権保護の強化を進めるとして、どのようなアプローチで進めていくでしょうか。李克強首相の発言や中国特許法をみると、中国が強くイノベーションを指向していることがわかります。

知財が国家政策である以上、当然ながらそれは中国人のため、中国企業や中国市場や、中国の産業のため、「中国のため」の制度になるはずです(もちろんこれは米国や日本の場合も同様です)。
中国の知財権保護の重視は、どのような影響をもたらすでしょうか。

 

イノベーション型国家の建設を目指す中国

冒頭ニュースの李克強の言葉を読むと、知的財産権の保護は「将来の技術革新に不可欠」と言っています。「将来の技術革新」について英文記事では「Technical innovation」と、中文記事では「未来科技創新」「科学技術的未来」と報じています。
中国の知財保護強化のアプローチを考える上で、「技術革新」は重要なキーワードになります。

中国知財制度の根幹を担う、中国特許法(専利法)を見てみましょう。中国特許法は2009年施行の第三次改正法が最新です。この大改正では法目的にも手を加えており、わかりやすい解説論文があったので引用します。なお文中の「専利」とは特許・実用新案・デザインを含む概念です。

1.法目的
改正法は主に,専利制度を利用して自主革新を奨励する角度から現行専利法の法目的の中に「自主革新能力の向上」の内容を追加した。「専利権者の合法的な権利と利益を保護し,発明創造を奨励し,発明創造の管理と応用を推進し,自主革新能力の向上,科学技術の進歩と社会経済の発展を促進するため,本法を制定する」。すなわち,権利者の利益の保護及び自主革新能力を高めることが改正法の法目的において明文規定されていることから,中国はイノベーション型国家の建設を目指している強い意志を示すものである。

パテント vol.62「中国専利法第三次改正の紹介」謝卓峰著(2009)

目的として掲げる「自主革新」や「科学技術の進歩」の言葉は、李克強首相の発言とも符合します。
李克強首相は5月に開催されたグローバル・リサーチ・カウンセル2014北京会合でも、ミラノ大学での発言と同様の発言をしており、イノベーションや科学技術の振興を常に意識していることがわかります。

李総理は、科学の開放は知的財産権の保護と大いに関わると指摘し、さらに、良好な法的環境の整備に取り組み、開発者にあるべき栄誉と収益を与え、イノベーションの原動力や潜在力、起業の活力を喚起する必要性を強調した。また、中国政府は基礎研究と応用研究の共同発展に力を入れ、科学技術の成果を現実の生産力に転換させ、新たな雇用機会を創出することを重視すると表明した。

JETRO記事

「プロパテント」と「プロイノベーション」

知財強化にもいくつかの概念があり、よく言われるものに「プロパテント」と「プロイノベーション」があります。
「プロパテント」は、特許重視や、あるいは特許をはじめとする知的財産権全般の保護強化を指す概念です。近年では、1980年代以降の米国の特許重視策がプロパテントとして有名です。

一方「プロイノベーション」は、イノベーションを重視した取り組みを指し、知的財産権の強化だけにとらわれない、より包括的な概念です。2003年にIBM会長パルミサーノ氏が取りまとめた米政府向け提言書「パルミサーノ・レポート」で「イノベーションを生み出すことに社会を最適化するべきだ」と指摘、以後プロイノベーションの言葉がよく使われるようになりました。

Exploration-Innovation
Exploration-Innovation / Hampton Roads Partnership

中国特許法の目的を紹介したので、日本特許法の目的も比べてみます。

第1条 この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする

日本国特許法

1959年にはじまった現行特許法の法目的にはイノベーションという概念はなく、「産業の発達」が最大の目標となっています。その後の高度経済成長を考えると、ちょっと感慨深い法目的ですね。

日本の高度経済成長にどれだけ特許制度が寄与していたのか、定量的に測ることは難しいですが、ともかくも日本企業は大量の特許権出願を続けました。
しかし近年では、特許をいくら持っていたとしても、肝心のビジネスで勝てないのではないか、と疑問視する声が聞こえます。単に特許を取るプロパテントではなく、それをイノベーションに活かすことが重要だ、という指摘です。

技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由 なぜ、日本の知財は儲からない パテント強国アメリカ 秘密の知財戦略 Why Isn\\\'t the Japanese Intellectual Property Business Profitable?

国内産業の発展に課題は残るが、イノベーションを第一義に置く中国

林幸秀著『科学技術大国中国』(2013)によると、中国はスーパーコンピュータや深海調査、宇宙開発など最先端科学分野で実績を上げ始めているものの、構成部品や要素技術は外国に頼っているケースが多く、国内産業はまだ発達段階にあるようです。

中国の2011~15年の戦略を定めた第12次五ヵ年計画では、投資主導型経済成長から消費主導型成長への転換を謳い、産業競争力の強化も大きなテーマとしています。特に産業基盤強化の観点では、イノベーション能力の向上を目標に、中小企業の税優遇や融資拡大を掲げています。
しかし、その後実際に中小企向け融資が拡大したかというと疑問で、いわゆるシャドーバンキングに頼る実態が続いています。中小企業や産業のすそ野はどの程度伸びているのでしょうか。

こうした課題はあるものの、李克強首相の発言によれば、中国は今後も技術イノベーションに重点を置くことで発展を目指すとしています。その手段として謳うのが知財権保護の強化です。
「知財権の保護」の言葉は、プロパテントではなく、プロイノベーションを視野に入れたものであることを念頭に置くことが必要です。

 

中国の知財制度強化は新たな知財リスクとなるか

中国は知財専門裁判所を設立するなど、日々知財制度の強化を進めています。イノベーション促進の観点で、中国の知財分野で起きている動きを見てみます。

ハイテク技術開発振興を背景とした特許出願の増加

2008年にスタートした中国のハイテク企業認定管理弁法は、中小企業のハイテク技術開発を振興する政策です(JETRO解説ページ)。認定されると税率引き下げ等の恩恵を受けることができます(企業所得税15%減等)。外国企業であっても、中国国内で登録していれば優遇を受けることができます。

特許出願の有無が認定条件の1つとなっており、中億における近年の特許出願件数激増の原因の1つとも考えられています。
ただし、単に認定を受けることを目的とした、質の低い出願が増えている可能性も指摘されています。出願するのは自由ですし、権利範囲さえ狭めれば、特許を取ること自体は決して難しくありません。中国にはこうしたゴミ特許が溢れている可能性があります。

さすが上有政策下有対策(上に政策あれば下に対策あり)の国。でも政策が実質を伴わないのは問題ですね。
腐っても登録されれば権利は権利ですから、無効の可能性はあれども振りかざすことは可能です。中国の特許に出会ったら、それが本当に価値を持った権利かどうかよくよく見極める必要がありそうです。

Calling a troll a troll
中国でパテントトロールが大きな問題になる日も来るのでしょうか

チャイナリスクの1つ「独占禁止法」

クアルコム、マイクロソフト、ベンツやアウディなどの欧米自動車メーカーと言った外資テクノロジー企業が、近年中国において独占禁止法に基づく訴追を受けています。特にクアルコムは制裁金が過去最大の10億ドル(約1000億円)前後となる可能性も指摘されています。

一連の外資企業に対する独禁法調査は、中国企業も対象とした市場適性化の一環であるという意見がある一方、シェアの大きいテクノロジー系外資の排除という指摘も聞こえます。本当のところはどうなのでしょうか。

市場の独占を防ぐ独占禁止法は、技術や創作の独占を認める知財法と深い関係のある制度です。各国とも、知財権の行使は独禁法の例外とされており、独禁法の訴追を受けず独占を行うことが可能です。
中国も基本は同じですが、ただし中国では、知財権の「濫用」による競争の排除や制限は、独禁法例外の適用範囲とされ、制裁を受けることになります。つまり、本来独禁法の例外とされるはずの知財権の行使が、独禁法上違法とみなされる可能性があるのです。
では中国で何が「濫用」にあたるかが問題ですが、明確なガイドラインはありません。そのため、知財権の活用には慎重にならざるを得ないことになります。

政治的・政策的動機が見え隠れする(と非難されることもある)中国の独占禁止法は、中国で活動する上での1つのリスクと言えるかもしれません。

法務の疑問に答える 中国独禁法Q&A

「中国におけるイノベーションの促進」の大目標を念頭に

知財制度強化のために、今後も知財に関わる新制度の成立や、運用・適用の変化は起きるでしょう。知財制度強化の目的は明言される通り、中国における科学技術発展及びイノベーションの促進です(「中国における」を付け忘れてはいけません)。中国の知財制度を理解するためには、常にこの大目標に立ち返る必要があります。

イノベーション手法の中には、例えばオープンイノベーションのような、独占とは反する考え方も提唱されています。中国が今後も外国に対するキャッチアップを必要とするのであれば、外国を巻き込んでのオープンイノベーションの促進は有効な手段となりえます。もしそうなると、知財制度の位置づけも変化し、今とは異なる運用がなされる可能性があります。

李克強首相のいう「知財財産権の保護」が今後どのような形で実行されていくのか、どのような影響をもたらすのか、引き続き注目です。

 

科学技術大国中国 中国とベトナムのイノベーション・システム 第2版: 産業クラスタ-によるイノベーション創出戦略 もうひとつのチャイナリスク: ─知財大国中国の恐るべき国家戦略─

 

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